¹HNMR

¹HNMRスペクトルの読み方①【化学シフト・信号強度・カップリング】

 

NMR(核磁気共鳴分光法)とは

原子核は陽子と中性子からできており、陽子数か中性子数のどちらかが奇数の原子核は磁気スピンをもつ。磁気モーメント(核スピン)をもつ原子核は磁場中で配向する性質があり、スピンの方向が揃う。そのときに吸収するエネルギー状態を調べるのがNMRである。

スピンが磁場中で配向したときにスピンが取り得るエネルギー準位Emは次のように表される。

$$E_{m}=-γm\frac{h}{2π}B_{0}$$

$γ$:磁気回転比(核種に固有の値)

$h$:プランク定数

$B₀$:外部磁場強度

 

また、mは磁気量子数であり、核スピン量子数Iに関連付けられ±の値を取る。例えば¹Hの場合、I=1/2であり、m=±1/2となる。

mが±の値を取るので、上の式より、スピンのエネルギー準位Emも±(外部磁場と同じ向きと反対向き)の2種類の値を取ることがわかる。低エネルギー状態がα準位、高エネルギー状態がβ準位である。このように外部磁場中で起こるエネルギー準位の分裂をゼーマン分裂という。

ここに、スピンのエネルギー差⊿Eに相当する電磁波を照射すると、電磁波の吸収(共鳴)が起こり、α準位のスピンがβ準位に励起される。このときのエネルギー状態を観測することによりNMRスペクトルが得られる。

照射する電磁波の周波数をvとすると、そのエネルギーはhvであり、⊿E=hvで吸収が起きる。この条件はラーモアの式で表される。

$$v=\frac{γ}{2π}B_{0}$$

共鳴周波数v、スピンのエネルギー差⊿Eは外部磁場の大きさB₀に比例する。

 

¹HNMRスペクトルの読み方

通常、有機化学で用いる¹HNMRは¹Hの原子核を観測する。¹H(プロトン)とは水素原子の原子核のことを指す。

¹HNMRスペクトルを読むためには、次の3つに注目する。

  1. 化学シフト(ピークの位置)
  2. 信号強度(ピークの面積)
  3. スピン結合(ピークの分裂数)

 

1.化学シフト(ピークの位置)

化学シフト値δ[ppm]とは基準周波数からのずれを表したもので、NMRスペクトルの横軸はこれを表す。

ポイント

$$化学シフト値δ[ppm]=\frac{[測定核の共鳴周波数]-[基準周波数]}{[基準周波数]}$$

後ほども出てくるが、¹HNMRでは基準物質TMSの共鳴周波数を基準周波数(0ppm)とする。

では、この「ずれ」とは何が原因で発生するのだろうか。

原子が外部磁場中に置かれると、電子の運動により原子核の周りに外部磁場と逆向きの誘起磁場が発生する。

この誘起磁場による磁気的な遮蔽効果で原子核が受ける外部磁場強度B₀が減って、実効磁場が小さくなる。

(実効磁場強度=外部磁場-誘起磁場)

 

遮蔽効果により実効磁場を小さくさせる原因は大きく2つ、①電子雲による遮蔽 ②官能基の磁気異方性である。

参考記事:「1HNMRスペクトルの読み方②」

 

ポイント

測定する¹Hが置かれている電子的な環境の違いによりピークの位置が変化するため、官能基の種類を特定することができる。

様々な官能基に対応する化学シフトの大まかな値を次に示す。

 

化学シフトの値一覧

基準物質にはテトラメチルシラン(TMS)を用いる。

TMSは右図のように対象構造であるため、水素のピークは1本のみである。

テトラメチルシランの構造式

 

ケイ素(Si)のもつ遮蔽効果によりTMSのピークは他の有機化合物のピークより大きく低周波数側(右側)にあらわれる。

そこでTMSを基準物質として、TMSのピークを0ppmとする。

 

2.信号強度(ピークの面積)

NMRスペクトルには、ピークのほかに段差のある水平な線が描かれることがある。これを積分曲線といい、それぞれの段差が各ピークの面積を積分したものである。

ポイント

積分曲線の段差の高さを整数比で表した数値を信号強度といい、この数値はそれぞれのピークの¹Hの数の比に等しい。

例えばエチル基(-CH₂CH₃)のスペクトルを見てみよう。

2本のピークがあらわれる。

1本は、2つのメチレンプロトン-CH2CH3

もう1本は、3つのメチルプロトン-CH2CH3

 

このとき、メチレンプルトンメチルプルトンのピークの信号強度の比は1Hの数に比例して2:3になる。

NMRスペクトルにおける積分曲線と信号強度

3.カップリング(ピークの分裂数)

上の画像の2本のスペクトルは、それぞれ先が4つと3つに分裂している。

ポイント

観測している¹Hの近くにほかの¹H(原子核)が存在すると、その核がαとβの二種類のスピン状態を取り得るため、核スピン間の磁気的相互作用による影響で共鳴ピークが分裂する。これをカップリング現象という。

 

ピークの本数は、隣接水素が1個のとき2本、2個のとき3本と、「水素数+1」の本数で分裂する。

¹HNMRスペクトルのピーク分裂の様式

 

 

また、ピーク強度比は、2本のとき1:1、3本のとき1:2:1、4本のとき1:3:3:1と、(a+b)nの式(n=隣接水素の数)を展開したときの係数の比になっており、図にしてみるとパスカルの三角形に則る。

¹HNMRスペクトルのピーク強度比を表すパスカルの三角形

 

例えば、パラシメン(p-Cymene)の構造を考えると、

CHの¹Hは隣接する6個の¹Hの影響を受けて、ピークは7本に分裂し、その強度比は1:6:15:20:15:6:1である。

p-cymeneのCHに帰属するピークの分裂様式と強度比

 

パラシメンの¹HNMRスペクトルの詳しい解析はこちら