NMR(核磁気共鳴分光法)とは 原子核は陽子と中性子からできており、陽子数か中性子数のどちらかが奇数の原子核は磁気スピンをもつ。磁気モーメント(核 ... 続きを見る前の記事¹HNMRスペクトルの読み方①【化学シフト・信号強度・カップリング】
NMRは外部磁場中で原子核が吸収したエネルギー状態を観測する分析法であり、原子が外部磁場中に置かれたときに原子核の周りに発生する誘起磁場による、磁気的な遮蔽効果で実効磁場が小さくなり、得られるスペクトルに違いが出る。
遮蔽効果により実効磁場を小さくさせる原因は大きく2つである。
- 電子雲による遮蔽
- 官能基の磁気異方性
今回はこれらについて解説する。
①電子雲による遮蔽
H原子はH⁺イオン以外の状態で常に電子に周囲を取り巻かれ電子雲に覆われており、電子雲によって磁力の一部が遮られるため、電子密度が高いほど、電子雲による遮蔽は大きくなり、実効磁場は小さくなる。
すなわち、電子雲による磁場の遮蔽は¹H周りの電子密度に左右される。
たとえば、電気陰性度の大きな原子や電子求引性の官能基が隣接していると、電子が引っ張られて¹H周りの電子密度が低くなり、電子雲による遮蔽(実効磁場の低下)は弱まる。
また、ラーモアの式より、共鳴周波数は磁場強度に比例する。
ポイント
電子密度が高い:遮蔽が大きく、高磁場側(低周波数側)である右側にピークがあらわれる。
電子密度が低い:遮蔽が小さく、低磁場側(高周波数側)である左側にピークがあらわれる。
このとき、左右の表現に低・高周波数側、ではなく「高磁場側・低磁場側」を使うことが多いのだが、周波数と逆で紛らわしい。
「高磁場側・低磁場側」とは、例えば高周波数側(左側)は、遮蔽が少ないため、外部磁場がより低い磁場強度で基準周波数に達するという意味である。(化学シフト値は基準周波数からのずれをppm単位で表す)
逆に低周波数側(右側)は、遮蔽がより強く、より高い磁場強度で基準周波数になる。
次に、電子雲による遮蔽効果である、誘起効果と共鳴効果について説明する。
誘起効果
ポイント
誘起効果とは、電気陰性度の違いにより、共有結合電子が片方の原子に引き寄せられる効果である。
炭素と、電気的に陰性なヘテロ原子(O, N, ハロゲンなど)の結合では結合電子がヘテロ原子側に引き寄せられ、炭素上の電子密度が低下する。すなわち、ピークが左側(低磁場側)にずれる。
例えば、1-ブロモプロパンを考える。
ハロゲン原子のBrに電子が引っ張られるので、Brに最も近い、1位のメチレン水素(①)が最も電子密度が低くなり、電子密度の高さは③>②>①の順になる。
電子密度が最も低い①が一番左側にピークがあらわれ、電子密度が最も高い③が一番右側にピークがあらわれるので、1-ブロモプロパンのスペクトルは次のようになる。
共鳴効果
ポイント
共鳴効果とは、非共有電子対を与えたり受け取ったりすることによるπ電子の移動による電荷の偏りのことである。
π結合電子やヘテロ原子の非共有電子対の電子が供給されることで電子密度が上昇する。
例えば、アニソールとアセトフェノンを考える。
アニソールは、Oの非共有電子対がベンゼン環側に供給され、ベンゼン環の電子密度が上がる。
一方でアセトフェノンは、カルボニルのπ結合電子がOに引っ張られてその非共有電子対になるとともにベンゼン環から電子を引っ張るため、ベンゼン環の電子密度は低下する。
したがって、アニソールの方がアセトフェノンより電子密度が高く、ピークが右側にあらわれる。
②官能基の磁気異方性
ベンゼン分子が磁場中に置かれると、ベンゼンの環状電子雲に磁場の影響で電流が流れ、その環電流によって誘起磁場が引き起こされる。
誘起磁場は下図のように、ベンゼン環の内側では外部磁場と逆向きに生じ、それが環をぐるっと回って、ベンゼン環の外側では外部磁場と同じ方向を向く。
ベンゼン環の結合水素は環と同一平面上の外側に突き出しているので、受ける誘起磁場の方向は外部磁場と同じ向きであり、
外部磁場が強まったのと同じ効果を受けると考えられるので、これは電子雲による遮蔽が弱まったことに相当し、化学シフトは大きく低磁場側(左側)にずれる。
一方、ベンゼン環の上部や内部に水素があるとしよう。
この場合、受ける誘起磁場の向きが外部磁場と反対の方向であり、電子雲の遮蔽が強まることに相当するので、スペクトルは高磁場側(右側に)ずれる。
このようにある官能基が周囲の空間に与える磁気的効果が同一でないことを磁気異方性という。
ベンゼン環以外でも、例えばアルケンやカルボニルなど、π電子を持つ構造で磁気異方性が見られる。
この場合、結合平面方向が遮蔽の弱まる効果で低磁場側(左側)にずれ、上下方向が遮蔽の強まる効果で高磁場側(右側)にずれる。
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